2011年度 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。

 高エネルギー委員会の委託を受けた6名の選考委員は、7月から9月にかけ3回のTV会議を開催し(7月26日、8月26日、9月8日)、 候補8論文を詳細かつ慎重に審査した結果、全員一致で

久保田 隆至氏 (東大理)
西村 康宏氏 (東大理)

の2名を選考しました。 ( )内は学位取得時の所属。受賞者のお二人に、心よりお祝いを申し上げます。            

総評

 今回対象のほとんどの論文は、学位論文としては質の高いものであり、その 構成や表現においても良く纏められている。すべてが共同研究であり、加速器 開発以外はすべてが国際共同実験グループの研究であって、我が国の実験研究 の国境を越えた広がりが応募論文にも如実に表れている。これら共同研究の中 から応募者本人の貢献度、理解度、将来性などを出来る限り理解して重要な要 素として評価したが、適切に判断することはなかなか困難な作業であった。公 平な審査を実施するため、選考委員会では全委員がほとんどすべての応募論文 を読み挙げる多大の努力を果たした。  一昨年度の総評で指摘されているように、論文は起承転結の論理構成でよい のだが、多くの先輩により一定の様式が確立され、個性が感じられないものが 多い。実験グループや先輩の論文からの転載は、本人の確かな理解のない未消 化状態では一目瞭然に査読作業で認められる。また、introductionでの問題提起 や研究課題とconclusionでのまとめに論理的一貫がないものも見受けられる。 特に、最終結果のみでなく、解析段階でも各種データの振る舞いについての議 論、考察の不足が顕著に感じられる。モンテカルロ計算と実験データが一致し ていればOKであるわけでなく、何故モンテカルロならびに測定データがその ような振る舞いをするのか、その物理的、実験的な理由を理解することが重要 であり、それが真の研究であり、また研究の楽しみでもあるはずだ。近年、論 文のページ数は優に100枚を超え(200枚に近づい)ている。必要ならば仕方な いが、それ以上に、論文すなわち自分の思考の論理性をより深く遂行すべきで ある。論文は若き時代の一区切りであり、その集大成である。若者よ、奮闘せよ!  論文作成における図や表、ならびに英文についての一層の改善努力を指摘する。 これは昨年、一昨年の総評に譲る。

受賞論文の内容

久保田 隆至 (くぼた たかし)
Measurement of the Weak Boson Production Cross Section in the Events with Muons in Proton-Proton Collisions at √s= 7 TeV with the ATLAS Detector

 LHC-ATLASの最初の4ヶ月のデータからWとZの生成断面積を測定した博士 論文である。√s =7 TeVでの初めての結果であり、ハドロン衝突実験の不定性 にかかわるパートン分布関数の理解に重要な知見を提供するLHC初期の物理成 果の一つとして高く評価できる。 著者はミュオントリガーの構築に関わり、断面積の測定に必要なそのトリガー 効率の解析に責任をもち、ジェットトリガーによる事象中のミューオン、ある いはZ→μμの崩壊事象にもとづく2つの手法でトリガー効率を評価し矛盾のな い結果を得た。そして、得られたW,Z断面積の測定結果は標準理論の予測と 一致した。トラッキング効率解析をはじめ、自らの仕事としてそれらについて のきちんとした纏めがなされている。博士論文として物理のイントロダクショ ン、LHC加速器、ATLAS測定器が、広範かつ詳細に記述された大作となってい て、質の高い論文であると評価する。 以上の理由により高エネルギー物理学奨励賞候補に値すると判断した。

西村 康宏 (にしむら やすひろ)
A Search for the Decay μ+→e+γ Using a High-Resolution Liquid Xenon Gamma-Ray Detector

 レプトン・フレーバ保存則を破るμ→eγ崩壊の探索を行う2009年のMEG実験を まとめた博士論文である。前年の実験感度を更新し、崩壊分岐比の上限値を 1.5×10-11(90%CL)にまで達成した成果は高く評価できる。 著者は液体キセノン-ガンマー線検出器の製作・較正・性能評価に従事し、それ を中心に据え、実験の各要素から最後の物理解析までを、細部から全体にわたり よく把握し、うまくまとめている。ガンマー線検出器の長期モニターならびに その性能評価の手法を確立し、測定期間にわたり安定した稼働を実測し、エネル ギー分解能、時間分解能、位置分解能をπ-荷電交換反応を介してのπ0→γγ崩壊 のガンマー線を用いて求め、その上で信号、背景事象分布を確率密度関数として 取り込み最尤度法によりデータを評価している。緻密かつ着実に実験手法を確立 している様子が伝わってくる。図や論文の見易さなど形式的にもレベルは高い。 完成度の非常に高い論文である。 以上の理由により高エネルギー物理学奨励賞候補に値すると判断した。


2011年9月14日
2011年度高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
伊藤 好孝、今里 純、大島 隆義、坂本 宏、山口 昌弘、山口 誠哉 (あいうえお順)

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