第 18 回(2016 年度) 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。

 候補12論文を詳細かつ慎重に審査した結果、

風間 慎吾氏 (東京大学)
木河 達也氏 (京都大学)
桜井 雄基氏 (早稲田大学)

の3名を選考しました。 (アイウエオ順)
( )内は学位取得時の所属。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。            

総評

 今年の応募論文は12編で、どれも力作であった。研究領域はATLAS実験、T2K実験、ミュー粒子やK中間子の希崩壊実験、小型の精密実験、測定器開発であった。
 選考では、研究の目的を自分のものとしてしっかり捉えているか、研究の方法を良く理解しているか、結論が明確に引き出され、その物理的意義が高いかなどの観点から選考を行った。博士論文執筆にどれだけの時間が使えるかは、本人の都合だけでなく様々な要素で決まっており、また博士論文を実験のどんなステージにおいて執筆するかは、本人の努力だけでは決まらないことが多いが、その制約条件の中で、それぞれの応募者が全力を尽くしたことが伺える。ただ今回のような論文賞の審査においては、十分な時間をかけて丁寧に書かれた、完成度の優れた論文がより高く評価されることになるのは致し方ない。今回は、結果として大型実験の学位論文が受賞することになったが、これは論文の完成度に重点をおいて見たためである。
 受賞には至らなかったが、実験装置の非常に重要な要素開発を行った論文、装置設計から製作、実験の遂行からデータ解析迄の全てに貢献した論文、丁寧な解析で稀崩壊事象を追い、新しい物理の発見を目指した論文など、内容としてはどれも読み応えがあったことを付け加えておく。
 これまでの分野の研究を続ける者、新しい分野に飛びだす者、賞を受賞した者、残念ながら賞を逃した者も、新しい研究者人生において初心を忘れないでさらに邁進して頂きたい。


受賞論文の講評

風間 慎吾 (かざま しんご)
Search for Charginos Nearly Mass-Degenerate with the Lightest Neutralino Based on a Disappearing-Track Signature in pp Collisions at √s = 8 TeV

 本論文は、ATLAS 実験において、新しいトリガーと飛跡再構成法を開発し、寿命約 0.2ns(cτ~6cm)と予言されている荷電ウィーノの探索を行い、質量が 270GeV 以下の荷電ウィーノを棄却し、世界で最も厳しい制限を与えている。Higgs粒子が発見され、その質量が125GeVと極めて重かったことから、超対称性理論など、新しい物理の探索が急務となっている。これまで LHC では、寿命の短い荷電ウィーノの検出効率が極めて低かった為、あまり有意義な制限が与えられていなかったが、本論文によって、新しい探索方法が確立されたといえる。筆者が ATLAS 実験における荷電粒子の検出法、飛跡再構成法を良く理解しており、新たな手法を開発・実用化してデータ収集~解析を行ったことが良く分かる論文である。論文としては読みやすくコンパクトにまとめられている。将来の発見の可能性について、14TeV の run における展望がもう少し詳しく書かれているとなお良かったと思う。


木河 達也 (きかわ たつや)
Measurement of Neutrino Interactions and Three Flavor Neutrino Oscillations in the T2K Experiment

 本論文では加速器ニュートリノ振動の精密測定にとって重要な、ニュートリノビームの性質とニュートリノ反応の断面積などについて詳細な測定・解析が行われ、得られたデータを活用することで可能となった T2K 実験における電子ニュートリノ出現とミューニュートリノ消失の世界最高精度における同時振動解析をおこない、これによって得られたニュートリノ振動パラメータ、sin2θ13 と sin2θ23測定の結果を報告したものである。
 実験全体をきちんと把握・理解し、またハードウェア、解析の両面で本人の寄与が大きいことがよくわかる。実験装置においては INGRID や Proton module を使いこなして、ニュートリノビームの理解や、これまで不定性の大きかった荷電カレント反応における1パイオン生成の評価などを丁寧に行っていることが大変迫力があり、印象的であった。願わくはこうした測定の位置づけが、最終測定にどうかかわるかについての記述がもう少し整理できているとよかった。報告された振動解析の結果は、世界的に見てまさしく第一級の成果であり、本論文賞にふさわしいものと判断する。最後にニュートリノ振動実験における future prospect に関する検討・記述が充実すればなおよかったとする感想もあったことを付け加えておく。


桜井 雄基 (さくらい ゆうき)
Evidence for the Higgs boson in the τ+τ- final state and its CP measurement in proton-proton collisions with the ATLAS detedtor

 2012 年 7 月、ATLAS と CMS 両実験によりヒッグス粒子と見られる新粒子が発見されたのは、2つのボソンへの崩壊過程の観測によるものであった。その後、同年末までの LHC Run-1 の全データを用い、この新粒子のスピン・パリティやフェルミオンとの湯川結合などが調べられた結果、ヒッグス粒子と確定された。著者は、ATLAS 実験における Run-1 のデータ解析で、ヒッグス粒子のτ粒子対に崩壊する過程の研究を行い、4.3シグマの確からしさでこのモードへの崩壊があることを確定し、それが標準モデルの予想値と矛盾しないことを示した。また、この崩壊過程におけるヒッグズ粒子の CP 測定についての検討を行い、その測定法の考案から感度の算出まで行った。筆者は、このモードのためのトリガーの改善や、τ粒子の同定、背景事象の見積もりの最適化などで大きな貢献をした。
 論文の構成も整っており、バランスよく丁寧に書かれており、完成度の高い論文である。


2016年10月28日
第 18 回(2016 年度)高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
片山伸彦(東大カブリ IPMU)、小林富雄(KEK)、幅淳二(KEK)、
瀧田正人(東大宇宙線研)、谷本盛光(新潟大)、原俊雄(神戸大)、横谷馨(KEK)
事務局
宮林謙吉(奈良女子大)

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