2012年度 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。

 高エネルギー委員会の委託を受けた6名の選考委員は、7月から9月にかけ3回のTV会議を開催し(7月19日、8月31日、9月21日)、 候補12論文を詳細かつ慎重に審査した結果、全員一致で

奥村 恭幸氏 (名古屋大学)
松岡 広大氏 (京都大学)
山崎 高幸氏 (東京大学)

の3名を選考しました。 ( )内は学位取得時の所属。受賞者のお三方に、心よりお祝いを申し上げます。            

総評

今年度の応募論文は12編あり、コライダー実験、ニュートリノ物理、K稀崩壊、加速器、ポジトロニウム、宇宙背景輻射とバラエティに富んだ応募があった。そのうち11編は博士学位論文、1編は雑誌投稿論文であった。後者に関しては応募者の学位論文も参考にした。いずれの論文も力作で、まず応募者全員に感謝したい。
LHCアトラス実験やT2K実験はデータが出始めたところであり、旬を感じさせる。これらの実験は非常に大きな国際共同研究であり、その中で応募者がどういう貢献をしたかを重視して選考した。検出器の建設やコミッショニングから参加し、物理解析に至るまでの過程を生き生きと記述した論文を期待した。今後これらの実験はデータ解析が中心になるかもしれないが、その中で若手の貢献の範囲が狭まることを危惧する。解析中心の論文であっても実験への個人の貢献を明確に示すことは若手の将来にとって重要である。そういう特徴のある研究者への成長を期待する。
一方、少数の共同研究者による実験では応募者の貢献は明確であるが、設定した目標に十分に到達していない論文が目についた。今日物理学上十分意義のある精度の実験を準備するために博士後期課程の3年間で出来ることは限られるが、その場合でも、応募者が達成度を十分に理解し、実験完了までの揺るぎない展望を博士課程終了時に抱いていることを期待する。論文の書き方で言えば、結果や到達度について十分議論を尽くすことが必要である。
実験が大規模また精密になるにつれ、準備期間やデータ収集の時間が長くなる傾向がある。大学院の5年間は実験のライフタイムに比べてかなり短くなっている。若手が自分自身を実験のライフタイムの中にどのように位置づけるか、あるいは、どのタイミングで自分が実験と出会っているのかを考え、自分自身の成長をうまく実験のサイクルに沿わせていけるのか、それらを特に意識して研究にいそしんでいただきたい。今回はそういう視点から優秀な論文を選出した。

受賞論文の内容

奥村 恭幸 (おくむら やすゆき)
The top-quark pair-production cross-section measurement in the dilepton final states at proton-proton collisions with √s=7 TeV

 LHCアトラス実験でのレプトンチャンネルで見たトップクォーク対生成断面積の測定について書かれている。申請者はミューオントリガーシステムのコミッショニングに貢献し、また、トリガー効率の決定も行っている。トップクォーク対生成は既知のチャンネルであり、精度よく測定することは検出器の理解を大きく進める。このモードは新粒子探索の背景事象としても非常に重要である。論文はコンパクトにまとめられており、完成度も高い。

松岡 広大 (まつおか こうだい)
Measurement of the Neutrino Beam with the Muon Monitor and the First Result of the T2K Long-Baseline Neutrino Oscillation Experiment

 T2K実験のミューオンモニターの製作から建設運用と、そのデータを元にSKでのニュートリノビーム束を予測、消失実験の最初の結果がしめされている。ミューオンモニターの設計から建設、検出器較正などがリアルに書かれている。申請者がものづくりを楽しんでやっていることが論文から伝わってくる。自ら建設した装置でSKでのフラックスを予測し実際、消失を確認するところまでを一貫した流れで書いている。どんどん読ませていくいい論文である。

山崎 高幸 (やまざき たかゆき)
Direct Measurement of the Hyperfine Transition of Positronium using High Power Sub-THz Radiation

 200GHzという非常に高い周波数の電磁波を閉じ込め、ポジトロニウムの超微細構造遷移を直接観測しようという野心的な実験である。ジャイロトロンという高周波源からの電磁波の取り出し、ファブリペローによる電磁波の閉じ込め、さらにポジトロンソース、タギング、ガンマ線測定まで申請者が中心となって進めてきた実験の様子が迫力を持って書かれている。いわゆるテーブルトップ実験としていろいろなアイデアがちりばめられたおもしろい実験になっている。残念ながら論文は遷移周波数の決定までは至っていないが、今後測定が進むであろうことを感じさせる。


2012年10月2日
2012年度高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
伊藤好孝(名古屋大)、坂本 宏(東京大)、佐藤康太郎(KEK)、
鈴木史郎(佐賀大)、田村詔生(新潟大)、山口昌弘(東北大)

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