第 17 回(2015 年度) 高エネルギー物理学奨励賞受賞者を決定しました。

 候補11論文を詳細かつ慎重に審査した結果、

家城 佳氏  (京都大学)
藤井 祐樹氏 (東京大学)
吉原 圭亮氏 (東京大学)

の3名を選考しました。 (アイウエオ順)
( )内は学位取得時の所属。
受賞されたお三方に、心よりお祝いを申し上げます。            

総評

 今年の応募論文は 11 編で、昨年より少し少なかったが、論文レベルの高さは同程度であり、優れた研究に関する質の高い論文が多かった。従って、最終段階での選考は、わずかな差によるものであり難しかったが、それだけ優れた論文が多かったことは喜ぶべきであろう。

 研究領域は大型コライダー実験、ニュートリノ振動実験、ミュー粒子や K 中間子の希崩壊実験、小型の精密実験であり、測定器開発の論文はなかった。大型実験の場合、中心的話題が、大きく分けて準備段階の研究のものとデータ解析のものと両方があった。最近は大型測定器の建設時期と運転時期がともに長期に及び、それに比べると短い院生期間中に両者とも経験することは難しくなっているので、こうした傾向はやむを得ないことである。しかし、測定器開発や建設にも物理の観点が必要なこと、解析にも測定器の性能や較正の理解は不可欠なことを考慮し、当然ながら評価では両者を同等に検討した。

 大型実験による論文に関して、全体的に感じたことがある。小規模実験の場合、測定器の建設、運転、較正、解析、結果の評価を全て行う過程で、自ずと実験全体を掌握できる。また、論文に要する図表などの資料も多くは自分で作成したものと思われる。一方、大型実験の場合、実験の全貌は多岐に亘り、筆者の担当はその一部である。しかしながら論文には全体を記述するので、グループ内で供される文献を用いて、全体を理解しなくてはならない。そのためには努力を要するが、多くの資料を利用することもできる。自分の論文に重要な事項を整理して、必要に応じて図表も含め、要点を過不足なく書いてあることが望ましい。無用に長い論文は、説得力が薄まり、惜しい。

参考にした文献の文章を、一部ではあるが丸写ししたのではないかと思われるものがあり、残念であった。また、非常に多くの参考文献を挙げたものの中に、一部文献が実在しないものもあった。このミスは、執筆中の誤記ではなく、参考にした文献で既に違っていた文献リストを、原論文は確認せずに、そのままコピーしたため生じたと考えられる。原論文に当たっていれば当然気づいたはずである。論文の記述は全て著者の責任であり、目も通さない参考文献を文献リストに載せるなど、論外である。一方、この事例とは対照的に、さほど多くの論文数ではないこともあるが、すべての参考文献の題名をつぶさに表記した応募論文もあった。


受賞論文の講評

家城 佳 (いえき けい)
Observation of νμ → νe oscillation in the T2K experiment

  T2K 実験は、J-PARC からのミュー・ニュートリノが SK で電子・ニュートリノに変わる、ニュートリノ振動を観測し、原子炉ニュートリノ観測とは独立に、混合角 θ13を測定した。また、原子炉ニュートリノ振動で得られた混合角を併用することにより、CP 非保存に関連する位相因子 δ がゼロではないとの結果を得た。筆者は、二つの前置検出器のうち、ニュートリノ・ビームの軸から微小角に設置した近置測定器の ND280 検出器に寄与し、SK に向かうニュートリノ・ビームを280m地点で観測することに依り、SK での事象識別と同じ条件で、振動前のフラックスと反応断面積を推定し、SK での解析手法の改良と相俟って、表記観測における系統誤差の縮減に寄与した。こうした過程が綿密に記述されている。別途、パイ中間子反応を TRIUMF で測定し、将来原子核標的によるニュートリノ反応の精度を上げる基礎も整えており、今後 T2K グループが観測精度を向上させるとの展望を言明している。


藤井 祐樹 (ふじい ゆうき)
Search for the Lepton Flavor Violating Muon Decay μ+ → e+γ with a Sensitivity below10-12 in the MEG Experiment

 ミュオンはその性質が詳細に調べられており、標準理論を超えるような効果を考えるときに有用な対象である。MEG 実験は長期にわたり行われているPSIの大強度ビームを用いたミュオンのフレーバー非保存崩壊を探す研究であり、様々の工夫を重ねて分岐比の上限を2けた改善することに成功した。著者は実験手法の改善と解析手法の解析で中心的役割を果たし、成果の一層の向上に大きな貢献をした。パイルアップやノイズによるバックグランドの軽減等で、分岐比感度7.7x10-13を実現し、分岐比の上限値として、5.7x10-13を得た。これは、MEG グループの前の結果をさらに 4 倍向上させるものである。丁寧な記述で、物理の背景、解析の改良点が明瞭である。


吉原 圭亮 (よしはら けいすけ)
Measurement of the Higgs boson couplings using WW* → lνlν final state

 ヒッグス粒子が発見され、実験の次の課題はヒッグス粒子の特性を解明するための分岐比の観測である。著者は、表記の崩壊過程を研究し、背景事象を抑え、評価することにより、ヒッグス結合定数の決定のため重要な分岐比を測定した。その際、レプトン同定を最適化することにより、S/N 比を向上させるなどの工夫をしている。大規模共同研究のビッグプロジェクトのなかで、重要なかつ指導的な役割を担った。論文は、ヒッグス粒子に係る物理の背景、大型測定器の記述、解析、殊にバックグランドの検討、CMS グループのデータとの比較など、詳細な記述がされており信頼性が高く、結果を導く努力の跡がよくわかる。書くべき情報量が多いため止むを得ないのか、長い論文であるが、論文の筋道は明快である。


2015年9月29日
第 17 回(2015 年度)高エネルギー物理学奨励賞選考委員会
榎本收志(KEK)、小林富雄(KEK)、高崎史彦(KEK)、
瀧田正人(東大宇宙線研)、谷本盛光(新潟大)、山田作衛(東北大)
事務局
長谷川庸司(信州大)

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